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ミハエル

ついに、ついに引退表明。
シューマッハがF1の舞台から去る。
別段シューマッハのファンという訳ではないが、デビューの時から見てきただけあって、やっぱり寂しいし、感慨深いものがある。
そして次のフェラーリドライバーが気になるところでもある。
ライコネンという噂もあるが、できることならばフェラーリには行って欲しくない…。
赤いマシーン、似合わない…(そんな理由か・苦笑)。
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F1

私はF1が好きだ。
最近は専らテレビ観戦のみだが、好きになった一番の切っ掛けは、1990年鈴鹿GPを生で見たからだ。

当時はセナ、プロスト、ベルガー等のドライバーが大活躍していた頃で、私の中ではF1の黄金期だった。
もちろん日本人ドライバーも、中島悟、鈴木亜久里が活躍していた。
翌年の1991年も観戦に行き、デビュー当時のミハエルを生で見た。今でもミハエルはフェラーリというよりベネトンのイメージが強かったりする。

それまでもテレビで見たりしていて、漠然と「F1」というものは好きだった。ドライバーや走る車を「見る」のが好きだった。
しかし鈴鹿で生のレースを見て、私の「好き」が変わった。現在ではもう、また元の「見る」好きに戻っているのだが、鈴鹿直後、私はかなり真面目にこう思っていた。
……ピットクルーになりたい……!
ドライバーにはなれないなら、裏方になる!
何とも単純な理由だが(苦笑)。
元々車が好きで、整備の方にも興味があったので、それがF1を生で見ることによって少し具体化した夢に変わった。
間近で見る(好運にもほんの数メートルの距離で見ることができたのだ)クルーの作業はとにかく素晴らしかった!
そして美しかった!
感動したのは言うまでもない。

その2年後くらいだろうか、それまで勤めていた会社を辞め、新しいことを始める人生の転機が私に訪れた。
そして専門校の試験を受けることにした。
車の整備にも興味があったが、デザインにも興味があった私は、どちらを取るか悩み、第一希望をデザイン科、第二希望を整備科にした。
その当時どう思っていたのかは、今ではもう忘れてしまったが、多分より現実味のある方を選択したのだと思う。
実際、現在はデザインで生計を立てているのだから、その選択は間違っていなかったと思う。
しかしもし、その時整備科を受けて、受かっていたら………。
ピットクルーにはなれなかっただろうが、また違う人生がここにあったのだろうと考えると、不思議な気分になる。

F1を見ながら、たまにそんなことを思い出し、考えてみたりする。

(1990年の鈴鹿、私はナニーニに会えるのをとても楽しみにしていた。当時一番好きなドライバーが彼だった。しかし、鈴鹿の直前に事故で右腕切断という重傷を負い、鈴鹿に姿を見せることはなかった。あの事故は本当にショックだった。)
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プロフィール

智

Author:智
V歴 1996年~
猫歴 1988年頃~
F1歴 1990年頃~
ガーデニング歴 2008年5月~
山陰の港街で、せかせかとDTPとかWebの仕事して飯食ってます。

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